村上探偵事務所へようこそ |
Written by 八凪 |
俺の名前は村上一馬。しがない探偵業を営んでいる。
俺は毎日早朝の住宅街を散策する。いわゆる日課というやつだ。爽やかな朝の陽射しがとても心地良い。 いつもならこのまま事務所へと戻るのだが、今からある場所へ向かわなければならない。俺は目的地へと足を運んだ。 やってきたのはとあるアパート。階段を昇り、二○三号室の前に立つ。松崎と書かれた表札の下にあるインターホンを押すと程なくして、近くの高校の制服を着た少女がドアを開けて姿を現した。 「村上さん、おはようございます。こんな朝早くからどうしたんですか?」 彼女の名前は藤島未来。俺の依頼者の一人である。だが今日は彼女に用があるのではない。 「おはよう未来ちゃん。松崎いる?」 「誠治なら朝ごはん作ってて手が離せない状態ですけど…」 「そう。じゃあ上がらせてもらってもいいかな?」 「はい。多分大丈夫だと思います」 未来ちゃんに許可を得て、中に入るとちょうど松崎がテーブルの上に食器を並べているところだった。 「村上、君何しに来たの?」 松崎誠治、俺の大学時代の友人であり、俺の助手でもある。ホームズでいうワトソン的ポジションだ。だがそれは俺が勝手に決めたことで、本人には一切そういうことは話していない。本人に言うと怒られそうだからだ。そして、訳あって依頼者である未来ちゃんをこいつに預かってもらっている。 「前に立て替えてやった飲み代、返してもらおうと思って」 これが、俺がここにやって来た二つある理由の内の一つである。最近依頼者がなかなか来ないため、生活費がヤバくなってきたのだ。 「だからって朝早くから来ることないのに」 そう言いながらも松崎は諭吉さんを五枚、俺に渡してくれた。 「悪いな松崎」 松崎は気にするなと言いながら、テーブルの上に朝食を次々乗せていく。 「うまそうだな…」 俺は次々と運ばれてくる朝食を見ながらそう呟く。 「うまそうだ…」 再び呟く。松崎はそんな俺を見ながら呆れたように、 「俺の分でよければ食ってくか?」 と言ってくれた。 「誠治の分はどうするの?」 未来ちゃんが松崎に尋ねる。 「また作るよ。未来はさっさと食べないと遅刻するぞ」 松崎は再びキッチンへ向かい、俺と未来ちゃんはテーブルに座って朝食を食べ始めた。 「村上さん、私の依頼の件はどうなってますか?」 未来ちゃんがトーストにマーガリンを塗りながら、サラダを食べている俺に尋ねてきた。 「聞き込みとかはしてるけど、さっぱりだね」 サラダを飲み込んでから答えると、未来ちゃんは、そうですかと言ってトーストを食べた。 「まあ、気長に待ってますからよろしくお願いしますね」 朝食を食べ終えた未来ちゃんはそう言って席を立った。 その後、未来ちゃんの「いってきまーす」という声と少し遅れてドアが閉まる音が聞こえた。 「ほら、俺もそろそろ会社行かないといけないからさっさと食え」 いつの間にか松崎が隣に立っていた。 「お前いつの間にメシ食ったんだ?」 「おにぎり作って食ったんだ。あれならすぐに食えるからね」 俺は松崎に迷惑をかけないようさっさと朝食を片付け、会社へ向かう松崎と連れ立って外に出た。 「悪いな、松崎。朝メシご馳走になって」 「何言ってんだか。どうせ最初からそのつもりだったくせに」 どうやらバレていたらしい。だが、金を返してもらうことと朝食をご馳走になること、この二つの目的を果たせたからよしとしよう。 電車で会社に行く松崎と駅で別れて、俺は事務所に戻った。 事務所の前に一人の女性が立っていた。用件を聞くと、どうやら依頼したい件があるという。ここで立ち話する必要もないので、詳しい話を聞くため、中に入るよう勧めた。 依頼者の女性の名前は、吉野恵子さん。依頼内容は夫の真吾さんが浮気しているか調査をしてほしいということだった。 話を聞くと、最近真吾さんの帰りが遅く、ここ三日ぐらい続けて香水の匂いをつけて帰って来るらしい。 とりあえず、恵子さんに真吾さんの職場、交友関係についての質問をいくつか尋ね、後日、調査報告をするということで打ち合わせは終了した。 夕方、真吾さんの職場が見える喫茶店で真吾さんが出て来るのを待っていた。 コーヒーのお代わりが三杯目になったとき、真吾さんが会社から出て来るのが見えた。時刻は六時五分。恵子さんの話では、普段は七時頃に家に帰って来るらしいので、これが真吾さんの退勤時間になるのだろう。 俺はコーヒー代を払い、真吾さんの尾行を開始した。尾行を始めて十分、真吾 さんは一軒のバーへと入っていった。 一人で入ったということはここで相手を待つのだろう。今日はここで調査を打ち切り、帰ることにした。 調査二日目、今日は昨日真吾さんが入ったバーで真吾さんを待っていた。 店内の客は皆それぞれ低い声で自分たちの話に花を咲かせ、バーテンは静かに客の間を歩いて回った。 しばらくすると、真吾さんがやってきた。店内を見回すところを見ると、やはり誰かと待ち合わせをしているようだ。 それから十分後、今度は一人の女性が店に入ってくると真吾さんが手を挙げた。どうやら彼女が待ち合わせの相手らしい。女性は真吾さんの隣に腰を下ろし、なにやら話し始めた。 今日はここまででいいだろう。俺は会計を済ませ、店を去った。 翌日、俺は松崎を誘って例のバーへ向かった。昨日一人でいることが妙に居心地悪く感じたからだ。 「珍しいな。村上がこんなとこ誘うなんて」 「まあ、たまにはな。それより未来ちゃん置いてきてよかったのか?」 「あいつなら友達のところに行ってくるってさ」 とりあえずバーテンに酒を注文して二人で談笑しながら、真吾さんたちが来るのを待った。 「村上、あの人だろ?今回調査してる人って」 松崎の視線の先には真吾さんの姿があった。そしてすぐ相手の女性も現れ、二人は昨日と同じように話を始めた。 「あれ?あの人たしか…」 「どうした、松崎」 「相手の女の人、知ってる人だ」 「マジでか?まさかターゲットの浮気相手がお前の知り合いとは。世の中狭いもんだなぁ」 「いや、多分これは浮気じゃないと思う」 「は?どういうことだ?」 松崎は黙って席を立ち、真吾さんと女性のもとへ歩いていった。そして、彼らと軽いやりとりをしたあと、笑みを浮かべながら俺の隣の席に戻ってきた。 松崎から話の内容を聞いた俺もまた、松崎と同じように笑みを浮かべた。 二日後、調査結果を恵子さんに報告する日がやってきた。俺は恵子さんに真吾さんは浮気はしていないということを伝えた。そして最後に、そのうち全て分かりますよと付け加えておいた。当の恵子さんは腑に落ちない顔をしていたが…。 それから三週間が経ち、俺は松崎の家にいた。恵子さんからの報酬が届いたので、今回協力してくれた松崎にも分け前を与えるためだ。 「しかし旦那さんも粋なことするよな」 「けど、だからって帰りが遅すぎるのはいただけないけどね」 真吾さんの帰りが遅かった理由、それは毎晩、結婚記念日に向けての打ち合わせをしていたからだそうだ。 一緒にいた女性は旅行会社の人で真吾さんの結婚記念日の旅行プランを建ててくれていたらしい。真吾さんについていた香水の匂いは彼女が普段つけているも のだった。 恵子さんには極秘で進めていたため、結果として浮気という濡れ衣を着せられる羽目になってしまった。 「それでどこ行ってきたんだって?」 「ヨーロッパだって。それでお土産もらったんだけど、今回協力してもらったからお前にやるよ」 「それで、中に何が入ってるんですか?」 未来ちゃんが箱を叩きながら尋ねる。俺も恵子さんに中身を尋ねたのだが、開けてからのお楽しみと言われ教えてもらえなかった。 「じゃあ開けるぞー」 松崎が箱を開けると、中にはアンティーク調の食器がいくつか入っていた。 「すごーい」 「せっかくだから紅茶でも入れるか。村上も飲んでけよ」 「ああ」 「私も手伝うよ」 松崎と未来ちゃんが紅茶を入れている間、俺はただソファに座りながら、今回の依頼についての反省会を行った。 「村上さん、紅茶お持ちしました」 「ありがとう未来ちゃん」 とにかく今回の依頼は大成功だったと結論づけ、次の依頼もこんな感じで終わることを願いながら、俺は紅茶を一口啜った。 |
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