スターゲイザー OBVERSE-SIDE 
 Prologue 暁の希望 
 ユウトは読んでいた本を閉じ、静かにため息をついた。ユウトがいる四畳半の部屋はまるで独房を思わせるような造りで、天井からぶら下がっている小さな電球は、部屋全体を照らすにはあまりに弱すぎる光だった。
 ユウトは物心ついたときからこの部屋に入れられていて、人との交流は時折この部屋に入って来る研究員らしき人たちしかいなかった。だが、どの研究員もユウトとまったく会話をせずに、いつも決まった時間に部屋に食事を持って来たり、ユウトを部屋から連れ出し、他の部屋に連れていったりという極めて機械的な行動を、幾度も幾度も反復するだけだった。
 そして、連れていかれた部屋では彼の体を使った実験・研究が行われた。ユウトには、なぜ自分がこの研究所のようなところに監禁されているのか、その理由はわからなかったし、もはや興味もなかった。彼は一生をこの暗い部屋で過ごすのだろうと、直感的にそう感じ取っていた。全てのことを諦めれば絶望することはないという考えはたしかに真実だが、そんな真実に気づく年齢として、十一歳はまだ若すぎる年だろう。
 ユウトはもう一度ため息をつき、別の本を読もうと本棚に向かう。本棚には、小説や哲学書などいろいろなジャンルの本が収められていた。ユウトは何もすることがない時は、いつも室内の本棚の本を読んで過ごす。これらの本は全てこの研究所内の人間が用意したもので、新しい本は随時補充され、古くなった本はどんどん処分されていく。長い間本を読んできたおかげで、彼の知識は同年代の子供の平均水準を遥かに凌ぐものになった。だが、身体を弄ばれる毎日を送っているユウトにとって、それはどうでもいいことだった。
 ユウトはベッドから立ち上がり、ドアに近付く。この時間はいつもなら朝食を食べている頃なのだが、いつまで経っても人の来る様子がない。べつに腹が減ったわけではないが、いつもの時間に誰も来ないのは妙に落ち着かなかった。ドアに付いている監視窓から外を覗く。外は横に長い廊下になっていて窓は無く、ユウトの部屋と同じ型の電球が同じくらいの明るさで輝いていた。
 しばらく廊下を覗いていたが、それにも飽きてユウトはベッドに倒れ込む。すると、いきなり異常があったことを知らせる非常ベルが鳴り、同時に遠くから爆発音が聞こえた。その研究所内に響いている轟音で、ユウトは現在起こっている状況を瞬時に悟った。多分侵入者が来たのだろう。過去にも数回この研究所に侵入してきた人間がいたのだ。しかし、ユウトがいる間に研究所内の防犯セキュリティが破られたことはなく、侵入者達はセキュリティの前にことごとく排除されてきた。だから今度の侵入者もすぐに撃退されるだろうと、ユウトはそう予想した。しかし、そんなユウトの予想とは裏腹に侵入者は派手な銃撃戦を繰り広げながら、セキュリティを次々と突破しているようだった。しかも侵入者はユウトの部屋に近づいているらしく、発砲音もだんだん大きくなってきた。
  だが、ユウトは部屋の外で銃撃戦が行われているわりには、落ち着いた態度でベッドに腰掛けていた。彼の瞳は死の恐怖に染まっているのではない。新たな希望に対する期待に染まっていた。これまでユウトは今の自分の環境を変えてくれる存在を待ち望んできた。自分の身体を研究材料として弄ばれる、そんな日常を変えてくれるなら、例えそれが死をもたらすものだったとしても、彼にとってはなんでもよかった。
 ユウトは何気なく天井の電球を見上げた。その途端、ドアが飛んできて壁にぶつかり、電球がユウトめがけて落下した。ユウトは落ちてきた電球を避け、ドアが飛んできた方を見た。戸口には男が立っていた。
 男はだいたい三十半ばくらい、角張った顔つきに、短く刈り揃えられた黒い髪。長身で、肌は日に焼け、筋肉は隆々と盛り上がり、ユウトにヤクザと思わせてしまうほどの風貌だった。
「神崎ユウトか?」
  男が不意に声をかける。ユウトが頷くと、男は黙ってユウトに近づき、彼を軽々と左肩に担いだ。ユウトは突然のことに驚き、抵抗したが、男の力に勝てるわけがなく男の肩の上で大人しくしていることにした。
 男は部屋を飛び出すと、ポケットから取出した手榴弾を投げ、あわてふためく研究員を尻目に走り出した。その後、男は立ち塞がる研究員を次々とライフルで撃ち抜き、走り続ける。男はしばらく廊下を走り続け、ユウトは男の肩の上で自分の置かれている状況を理解しようとしていた。男はいったい何者なのか、何故自分を連れ出したのか、男に聞けば手っ取り早いのだろうけれども、今はそんな状況ではないだろう。そして突き当たりの丁字路の窓が見えたとき、男は再び手榴弾を取出し、窓に向かって投げた。爆音とともに防弾ガラスが割れる。男は割れた窓に足をかけ、外に飛び出した。
 研究所から脱出した男は直ぐさま森の中に逃げ込んだ。背後から弾丸が飛んできたが、時折ユウトや男をかすめるくらいで致命傷には致っていない。男はポケットから何かのリモコンのようなものを取り出し、スイッチを押す。すると、研究所から凄まじいほどの爆発音が鳴り、それを契機に背後からの発砲音はピタリと止んだ。
 男は追っ手が来ないことを確認して、ユウトを担いだままゆっくりと歩き出す。そして、見晴らしのよい高台に差し掛かったとき、ユウトは言葉を失った。眼下には朝日を浴びて輝く街があった。そこには研究所では見ることができなかった世界が、ユウトが望んでも見ることのないはずだった世界が広がっていた。
 ユウトは今起こっている現状をまだリアルに受け止めることができそうになかったが、自分はこれから今までと全く異なる環境で暮らしていくのだろうという予感を、目の前の景色を見つめながら、はっきりと感じ取っていた。
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