スターゲイザー OBVERSE-SIDE |
第1話 平凡な日常 |
ユウトがいた研究施設が襲撃され、しばらく大きな騒ぎになったが、時間が経つにつれて人々の記憶からは忘れ去られてしまった。
そして五年の月日が経ち、あの研究施設から連れ出されたユウトは十六歳になった。 「あいつ、まだ寝てんのか?」 ある事務所の前に立って、ユウトは呟く。そしてドアをノックすると、中へと入った。 「おう、ユウト。おはよう」 中に入ると、大柄の男がユウトに向かって手を挙げた。男の名は北沢レイジ。彼は五年前、あの研究施設を襲撃し、ユウトを連れ出した張本人だ。その後、レイジは自分が経営する便利屋にユウトを従業員として雇ったのだった。 「おはよ、店長。アキラは?」 「あいつならまだ寝てるぞ」 「起こしてくる」 そう言ってユウトは階段を上って二階へと向かった。目的の人物の部屋は奥から二番目にある。 部屋の前に立って、ノックをするが返事がない。ユウトが部屋のドアを開けると、案の定爆睡している北沢アキラの姿があった。 「おいアキラ。起きろ」 「うーん、あと五……時間」 ユウトはアキラの頭めがけて拳を思い切り振り下ろした。 「いってーなー。ユウトは手加減というものをしらんのか?」 一階の事務所に降りてきたアキラの第一声がそれだった。先程ユウトに殴られた頭をさすっている。 「お前を起こすのに手加減は必要ない」 「ひどっ!!」 「はぁ、俺はどこでコイツの育て方を間違えたんだか」 「違うぞ、店長。アキラが育ち方を間違えたんだ」 「お前ら、朝起きるのが遅いくらいでそこまで言うことないじゃんか」 アキラをいじめるのはそれくらいにして、ユウトはアキラと現在請け負っている仕事についての話し合いを始めた。 「どうする?俺としては今日でこの仕事に決着をつけたいんだが」 「そうだな。これ以上長引かせるわけにはいかないからな」 「ならさっさと行くか」 ユウトとアキラは話し合いを終え、席を立った。 「じゃあ、親父。行ってくる」 「おう、がんばれよ」 二人は事務所を出て、とある目的地を目指して歩きだした。 「店長っていつから便利屋やってんだっけ?」 ユウトはふと思ったことをアキラに尋ねた。 「いつからだろ?少なくとも俺がものごころつく前からだから結構長いな」 「そんで俺を連れ出したのも依頼の一つか。ホントなんでもやるんだな」 レイジが経営している便利屋は、物探しから依頼人の警護まで金を貰えばなんでもすることを商売としている。五年前、ユウトを連れ出したのも依頼があったかららしいが、その肝心の依頼人が誰なのかユウトには知らされていない。依頼人のプライバシーに関するとのことで、レイジは堅く口を閉ざしていたのだった。 レイジのほかにも便利屋を営んでいる者は多数存在し、そのため、いつしか便利屋協会なるものが発足した。協会は主に依頼の受注をし、受注した依頼を便利屋専用のサーバーに掲示する。それを各店が早い者勝ちで依頼を獲得していくという仕組みになっている。要は依頼人と便利屋各店との仲介役となっているのだ。 目的地へと到着したユウトとアキラ。彼らがいる場所は何の変哲もない空き地だった。だがそこにはたくさんの猫がいた。 「では、ユウトくん。早速行動開始しましょうか」 「了解。目標は赤い首輪をした黒猫。アキラ、忘れるなよ」 「大丈夫だって。じゃあいくぞ」 二人は空き地にいる猫を片っ端から見て回った。 二人が現在請け負っている依頼は猫探し。どこかの屋敷の猫が突然逃げ出してしまったらしい。捜索を開始して三日目の今日は、昨日赤い首輪をした黒猫の目撃情報があったこの空き地を探すことにしたのだ。 「ユウト、いたぞ」 どうやら目標を発見したらしい。ユウトがアキラのもとへ向かい、アキラの指差す方を見る。そこには昼寝をしている赤い首輪をした黒猫の姿があった。 「多分あれで間違いないだろうな」 ユウトが写真を見ながらアキラに告げる。多少汚れてはいたが、写真に写っている猫と酷似していた。 「じゃあ捕獲しますか」 「はいよ」 ユウトは寝ている猫にそっと近づき、距離を詰める。一方、アキラはほかの猫が近づかないよう少し離れた場所に餌を蒔いて猫たちを一箇所に集めた。 そして、ユウトの手がもう少しで黒猫に触れようとしたところで、黒猫が目を覚ました。黒猫は自分を捕まえようとしているユウトを見ると、素早く身を起こしユウトの股の間を通って逃げようとした。 だがユウトは足を閉じて猫の進路を塞ぐと、猫はユウトの足にぶつかり仰向けに倒れた。そしてユウトが倒れた猫を抱き上げると、猫は暴れ出したが、ユウトに背中を撫でられるうちにおとなしくなり、ついには眠ってしまったのだった。 「アキラ、捕まえたぞ」 「さっすがユウト。んじゃ、さっさと報告するとしようか」 協会経由で依頼人に依頼達成の報告を入れた二人は、依頼人が指定した場所で猫を引き渡し、報酬を受け取った。 そして店に戻り、レイジから退勤の許可をもらうとユウトはアキラと一緒に店の近くの食堂へ向かった。 ユウトとアキラの夕食は基本的にいつも外食で済まされている。仕事をした後は夕食作りのことに手が回らないからだ。 毎日のように夕食を店の近くのこの食堂で取るので、すっかり常連となってしまった。食堂の主人もユウトたちに対して気前よくサービスをしてくれるというのも彼らがよく足を運ぶ要因となっている。 夕食を終えアキラと別れた後、ユウトは自宅へと帰宅した。ユウトの自宅は2DKのアパートで三年前から住み始めた。それまではレイジやアキラと一緒に店に暮らしていたが、いつまでもレイジの厄介になるわけにもいかないので、このアパートに引越したのだった。たまにアキラが泊まりに来る以外、ユウトは一人でこの部屋に暮らしていた。 「さてと」 そう言って、ユウトはベランダへ出た。ベランダの隅にある天体望遠鏡を持ってくると、ピントを調節して天体観測を始めた。 あの研究施設を脱走してから、晴れた夜にこうして天体観測をすることがユウトの日課になっている。初めの頃は、とにかく施設にいたときのことを忘れたくてやっていたが、今ではもうどうでもよくなり、ただ純粋に星が見たいというだけで観測を続けている。 長い間幽閉され、未来に目を向けようとしなかった少年が、今ではきちんと前を見据えて生きている。五年前に比べると、大きな変わりようと言えるだろう。 夜の匂いを纏った風がユウトの体を優しく撫でていった。 |
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