スターゲイザー REVERSE-SIDE 
 第3話 道中のハロー 
 翌日、僕とユーリは朝一番の鈍行電車でシェラへと向かった。シェラまでは十近くの駅に留まるため、一時間と少し時間がかかる。僕とユーリは四人がけの席に向かい合って座り、窓の方に体を寄せて、過ぎゆく景色をなんとなく眺めていた。山や田園の横を通り過ぎるたびに、セピア色の世界が春を迎えたことによって鮮明な色彩に変化しつつあることが見て取れる。僕は思わず浅い睡魔に何度もあくびをした。世界が春色に染まることによって、穏やかな大気が睡魔の質を幾段も吊り上げていた。湿気も心地よいものに変わりつつある。
 そんな中、僕は今朝見送ってくれたサクラとソラ、特にサクラについてよく考えた。そして必然的に昨夜のことを思い出す。一晩経つと、あの極めて幻想的な時間は確かに夢のような淡い記憶でしか残ってはいなかったが、薬指にしっかりとはまっている指輪が、全てをはっきりと記憶してくれていた。僕は呆けながら幾度かその指輪をじっと見つめた。玉が太陽の光を受けて時々光った。
 そうこうする内に道のりも半分を過ぎ、そこでユーリが重い口を開いた。電車に乗ってから、それは僕らが初めてする会話だった。ただし、乗客も増え、僕らの隣にも人が座ったため、トーンはとても低い。
「着く前に、パートナーについて少しだけ話しておこう」
 僕は何気なく見ていた外の景色から、ユーリへと視線を移した。
「名前は観月ルナ。細かなデータは覚えてないが、歳はおまえと同じで十八。髪色は黒で、髪型はロングのポニーテール。性格は横暴で意地悪で強情で利己的で、サクラとは百八十度異なる性格だ。おそらくおまえとは相容れないだろう」
 ユーリは外を見ながら、できる限り小さく口を開けて話を続けた。
 僕も外を見て、言う。
「なんでそんな奴を俺のパートナーに?」
「簡単だよ。おまえに対するちょっとした嫌がらせさ」
 数秒、沈黙が流れた。僕がため息をつくと、目の端で、ユーリが小さく笑ったのが見て取れた。
「冗談だ。おまえが仕事をしているときに、一度だけルナに仕事を頼んだことがある。それ以来の仲だ」
「さすがフェミニスト」
「黙れロリコン」
 僕の精一杯の皮肉は、華麗に返された。僕が眉根を寄せると、ユーリは満足げにまた続きに入った。
「話を戻すが、知ってるだろう? 俺は群れが嫌いなんだ。これ以上俺の仕事について知るものは作りたくない。そのときだって仕方なくだったんだ。だから一度頼んだことのあるルナに今回も頼んだんだよ」
「へえ。でも、なんと言おうが流しなんだろう? 逆に足手まといになるんじゃないのか?」
 電車がゆっくりと減速を始め、アナウンスがもうすぐ次の駅に着くことを乗客に伝えた。ほんの数人が席から立ち上がり、やがて電車が止まる。五人と引き替えに、二十数人が電車に乗り込んできた。ユーリの隣に座っていた男も、血のような赤毛が目立つ女へと替わった。立ち客が増え、ドアが閉まり、電車が再び動き出す。立っている何人かが、少しだけバランスを崩した。
 ユーリが息をついて、やっと僕の問いに答える。
「確かに昨日言ったとおりおまえほどではないが、それでも中の上、ってところかな。女というハンデを入れれば上の下だろう。機敏で、なかなかに頭が切れる。ばらし方がうまいんだ」
「ばらし方、ねえ」
「おまえみたいに一辺倒じゃないんだよ。パンパンパン、なんてもう古いんだ。知ってるか? 今時は色々なものを駆使してスマートにやるんだよ」
「例えば?」
「スコップとか、鉄アレイとか」
 僕は思わず笑ってしまった。慌てて表情を整え、言う。
「参考になるな」
「会ったら礼を言うといい」
「はは、そうするよ」
 僕はスコップと鉄アレイを駆使した、人間の効率的な殺し方を考えながら、小さく息を吐き出した。そしてそこで先程のように、不意に思う。今サクラはなにをしているのだろうか? 食事はきっと食べ終わったはずだ。ならばおそらく、ソラと仲良くお喋りでもしているのだろう。皿でも洗いながらかもしれない。今日は土曜日で学校も休みだから、楽しく過ごしていることだろう。そんなことを順々に考えると、なんだか心が和らいだ気がした。
「サクラのこと、考えているのか?」
 だがユーリのその怖いほど的確な指摘に、僕は思考を振り払い、勢いよくユーリに視線を向けた。ユーリはいつの間にか僕を見ていて、目が合う。
「な、なんで」
「わかりやすいなあ」
 ユーリがケラケラと笑った。
「馬鹿みたいに小さくにやけてたぞ」
「そんなこと」
 僕は少し声のトーンを上げた。だがユーリが首を振って制す。
「餓鬼じゃないんだから、感情的になるなよ。別に好きな女のこと考えるのは悪いことじゃない」
 なら言い方を考えろよ、と僕は心の中で毒づいた。ユーリはさらに言う。
「そうだな。さっきはロリコンなんて言って悪かったよ。精神年齢の低いおまえにはちょうどいい年齢かもしれない」
 僕はむすっとして、ユーリをぎんと睨みつけた。鼻で笑うユーリに激しい怒りを覚えると共に、熱くなっていく耳から恥ずかしさを感じていることも知る。
 僕は怒りを必死で押し殺して、表情に冷静さを装い、日頃から考えていたことをユーリにぶつけた。
「なあ、なんでユーリはフェミニストなんだ?」
 するとユーリは一瞬きょとんとして、さも当然とでも言うように、答える。
「男によくする意味なんてないだろう」
 その瞬間、聞いた俺が馬鹿だったと、僕は心から思った。もう六年も付き合っているのだ。ユーリがこういう男だということも、僕はよく知っているはずだった。やれやれと首を振る。
 するとそこで不意に、ユーリの隣に座っていた血色の髪をした女が、小さく笑い出した。俯いて、必死で声を押し殺して笑っている。どうやら聞こえてしまっていたらしい。自分達の仕事に関する重要な単語は使っていないので大丈夫だろうが、気恥ずかしいような、笑われて苛立たしいような気分になり、僕は目を細めて軽く女を睨みつけた。女がついに耐えられなくなって、顔を上げる。
「あー、やっぱり面白いなあ、ユーリは」
 え、と僕は思って、目を見開いた。女が自分の腕をユーリの腕にからめる様が、異様なほど鮮明に僕の目に映る。そして次にユーリの悪戯な笑みを見て、瞬間的に僕は全てを悟った。またしてもやられてしまったのだ、と。
 ユーリが、僕が全てを知ったことを理解して、言う。
「なにもシェラで合流するとは言っていないだろう?」
 僕は改めてユーリの隣の女を見た。濃い化粧に、赤などを取り入れた派手な洋装。軽そうな性格。確かにユーリの言うとおり、初対面ではあるものの、完璧に僕とは相容れなさそうな印象だった。なんだか理不尽にいらっとして、額に片手を当てる。熱がありそうな気がしたが、もちろん熱などなかった。ガラス窓の向こうの太陽の眩しさが、目に染みる。目眩がする。
 女が僕に向かって微笑んで、なんとも明るい声で言った。
「はじめまして。観月ルナよ。よろしくね」
    OBVERSE-SIDE 第3話    
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